【『かたより』から『制限』が生まれ『制限』から『上手くいかない現実』が立ち現れる】

「ねえ、モクちゃん。

トラウマたちの癒され方。
『エネルギーレベルで
無自覚に、ただ癒される』
これについてはよくわかったよ。
じゃあ他のさ。

『トラウマが生じた頃の自分を、
その感情をレスキューする』ってのは、
いつもモクちゃんが言ってる
『感情への寄り添い』のこと?

どんなネガティブな感情も
なかったことにしないで、

『そう感じずにはおれないほどに、
苦しんでいたんだね。
ごめんね、今まで気づいてやれなくて。
愛しているよ』

と、心を込めて伝えてあげる」
坊やが言った。

「ああ、そうだ。
その方法は、いわゆる
『セルフヒーリング』ってヤツだな。
自分で自分に向き合って、
癒していく。

もう一つ方法があってね。
信頼できる心の専門家に
導いてもらって、
感情に寄り添うと言うやり方もある」

「うーん。
僕、自分のことは自分で向き合いたい。
モクちゃんだって言ってたじゃないか。

『自分の人生を創造するのは当の本人。
かたわらにいるわたし達は、
ヒントを伝えるくらいしかできない』って」

「ふふ、まあね。
君は自分に厳しい人だから
きっとそう言うと思ったさ。

だが、わたしはこう見えて、
君と出会う以前、
心の専門家からヒーリングセッションを
数十回は受けているんだよ」

「え…、モクちゃんは
そんなに長く、心の病気だったの?」
坊やはさも驚いたと言わんばかりに
声を張り上げた。

「さあね。
心の病と言えばそうだったのかも
しれないが…。
きちんと診断書をもらったことはない。

だが、日々穏やかに過ごしている
今だってさ。

自分の中に小さな決めつけを見つけて、
わずかでも生きづらさを
覚えたとき。

たいていそこには、
無自覚な『恐れの前提』
隠れているものだが…。

その決めつけのかたわらに、
モヤッとした感情を見つけたとき。

さらには、その感情に
寄り添っても寄り添っても
受け入れることができないとき。

わたしは南の島に暮らす
友からセッションを受けるよ」

「へえ…。
モクちゃんでも誰かの助けを
借りるんだね。
自分一人で向き合って、
ぜんぶ、解決しちゃうのかと思った」

「ああ、借りるとも。
大事なのはね、ターナ、
一方にかたよらないことさ」

「一方って?」

自分で自分と向き合うこと。
ときに、誰かの手を借りること。

異なる二つの選択肢の一方に、
しばられない

 

坊やは、わずかにムッとしたようだった。

 

「僕、しばられているつもりは
ないけど…。
ただ、誰もが自分でどうにかできるって、
人間の本来の力を、
その強さを信じているだけさ」

 

わたしは微笑んだ。

 

「たしかにね。
わたし達人間は
自ら自分を治癒する力がある。

身体は、魂は、
一個の小宇宙であり
ただそれだけで、完璧である。

こいつはすこぶる美しい真理だ」

わたしはうなずいた。

「その通りさ。
だからこそ僕は誰に頼ることなく、
自分で自分を癒したい。
元気づけたい」

 

「だがね。
その反対側にはもう一つ
美しい真理がある

 

「反対側の真理?」
と、坊やは言った。

 

「わたし達人間は、
自らの『弱さ』を受け入れ
互いに支え合うことで種を保存した
生き物である。

こいつが、君の視界の反対側に
隠れた、
世にも優しい真理だ。

君は知っているだろうか。

太古の昔、
10代で片足と片目を破損し、
それでも青年期まで生きた
男の骨が見つかっていることを」

 

「それって、誰かが、
狩りや採集の出来ない
身体の不自由な人を
助け続けたってこと?」

 

わたしはうなずいた。

「そうとしか考えられない。

ステキだと思わないか?ターナ。
わたし達人間は、自然界にある
弱肉強食と言う巨大なルールからはずれ、
互いの『弱さ』を補いあい、
互いの『足りなさ』を埋めあい、
生きることを選択した。

少なくとも、肉体的には
小さく柔らかで、非力だった人類が、
こうもすさまじく発展したのは
『一人では生きない』ことを
皆で選んだからなんだ。

だからわたしは、
時に誰かに頼ること、
どこまでも一人、自分に向き合うこと。

このどちらの道も捨てることなく、
大切にする

「そうかあ…。
僕ってば、気づかない間に
自分に厳しく厳しく、生きていたんだなあ」

坊やはそう嘆いて見せたが、
心なしか、ほおのこわばりが
ゆるんだように思われた。
しばし経って、彼が言った。

「ねえ、これってさ。
きっとすべてのことに言えるね。

一つの方法
一つの考え方を、知らぬ間に
『絶対』と思い込んでいるとき。

実は、その反対側にある
もう一つの美しい真理を
見逃している。

その『かたより』から
『制限』が生まれ、
『制限』から
『上手くいかない現実』が立ち現れる。

モクちゃんが以前、
言っていたことさ」

 

「よく覚えていたね」
と、わたしは目を細めた。

 

「だって僕、考えてみたら、
『自分一人でなんとかするんだ』って
思いすぎて、
こんなにも動けず、
こんなにも辛くなって
いたような気がするんだもの」

 

わたしは相づちを打ちながら、
そろそろこの賢い坊やに、
『名なき者』の存在を語る時期が
来たのかもしれないと思った。

 

人類が教えを乞い続けた
『神』、『天使』、『聖者』たち。

 

その反対側の暗闇に
埋もれて消えた
『名なき者』のことを。

 

ただ『悪』として視界の外へ
封じるのではなく、
その存在の尊さを。

 

人類が見失った
もう一つの優しい真理を。

 

聡明なこの坊やに
教え伝える時が、近づいていた。

 


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